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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)164号 判決 1998年5月28日

愛知県東海市南柴田町ホの割213番地の5

原告

名古屋油化株式会社

代表者代表取締役

堀木清之助

訴訟代理人弁理士

宇佐美忠男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

松島四郎

小林均

後藤千恵子

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成6年審判第20615号事件について平成7年3月31日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年3月24日、名称を「表面被覆材」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(特願昭61-65250)をした。これに対して、特許庁は、平成4年5月26日、特許出願公告(特公平4-31509)を行ったが、特許異議の申立てがされ、平成6年6月30日、特許異議決定をするとともに、拒絶査定をした。そこで、原告は、同年12月16日、審判を請求したところ、特許庁は、この請求を同年審判第20615号事件として審理した結果、平成7年3月31日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし(以下「本件審決」という。)、その謄本は、平成7年6月8日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載)

基材の一表面に水溶性高分子を0.1~20重量%添加したエマルジョン型粘着剤を塗布し乾燥することによって粘着層を形成したことを特徴とする表面被覆材

3  本件審決理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  上記異議申立てに対する異議決定の理由に引用された特開昭59-93775号公報(以下「引用例」という。)の特許請求の範囲1の項には、「紙による基材の片面に水分散アクリル系樹脂と、水溶性樹脂とを主成分として組成した接着剤層を形成し、基材の他面にセラックレジン、変性セラック等の天然樹脂または、フッ素系シリコン系等の合成樹脂による被覆層を形成してなることを特徴とする合成樹脂板用表面保護材。」という記載があり、発明の詳細な説明中には、この接着剤層の組成に関して

「〔重量比〕

水分散アクリル系樹脂(20~60%)

10~80%

ポリビニルアセテート部分鹸化物水溶液

(5~30%) 10~80%」

(引用例3頁右下欄6ないし10行)という記載が、実施例として

「実施例3.(被覆層はフッ素系レジンにて処理)

水分散アクリル系樹脂主成分 55g

メチルセルロース 40g

……

実施例4.(被覆層はシリコン系レジンにて処理)

水分散アクリル系樹脂主成分 55g

ヒドロキシプロピルメチルセルロース 40g

……

※メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースの樹脂濃度は7%。

水分散アクリル系樹脂主成分は樹脂濃度40%

……

ポリビニルアルコールGL-05は15%濃度」

(同5頁左上欄1行ないし同頁右上欄11行)という記載が、また、接着剤層の形成に関して「実施上、……基材表面(艶面)に、各接着剤をコートして表面保護材とする。乾燥後……」(同4頁右下欄1ないし4行)という記載がある。

(3)  本願発明と引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)とを比較検討すると、<1>引用発明の紙による基材が、本願発明の基材として紙が例示され、その実施例においても、クラフト紙が使用されていることから、本願発明の基材に相当する、<2>引用発明の水分散アクリル系樹脂がエマルジョン型粘着剤であることは、その用途及び明細書の水分散アクリル系樹脂の樹脂組成、該樹脂がエマルジョン重合によって製造されること、水分散アクリル系樹脂と水溶性樹脂との配合割合については、粘着性を有する範囲内であることが必要などの記載(公報3頁右上欄16行~右下欄1行参照)からみて明らかである、<3>水溶性高分子の添加量についても、前記した接着層の組成の重量比から算出したアクリル系樹脂に対するポリビニルアセテート部分鹸化物の比率は1.04~120重量%であることから、本願発明の添加量は引用発明の範囲に含まれる、<4>基材の一表面に粘着剤を塗布し、乾燥して形成する点で両者に差異がない、以上を総合すると、両者に相違点を見い出すことはできない。

よって、本願発明は、引用発明と同一であると認められ、特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができない。

(4)  原告は、引用例との対比に関し、引用例においては水溶性樹脂は感圧タイプの接着剤を水貼りタイプにも出来るようにする目的で添加されるもので、水分散性アクリル系樹脂10~80%に対してポリビニルアルコールを固形分として0.5~24%と本願発明に比べると多めに添加されていると主張している。

しかしながら、本願発明の粘着剤に対する水溶性高分子の添加量は、上記のとおり引用発明における水溶性両分子の添加量の範囲に含まれるものであり、しかも、引用例における実施例3、4では、前記した記載に基づいて算出すると水分散アクリル系樹脂主成分の固形分100重量部に対してそれぞれメチルセルロースを12.7重量部、ヒドロキシプロピルメチルセルロースを12.7重量部添加しており、その水溶性樹脂の添加量からみても、引用発明と本願発明とに差異は見当たらない。

仮にその添加量の数値範囲(上下限値)が相違するとしても、引用発明は、本願発明の被覆材と同様の用途に用いられ、粘着性が強すぎると剥離不能の問題が発生することになる(引用例2頁右上欄11ないし13行、同頁右下欄14ないし15行参照)という技術課題を掲げ、表(引用例5頁)においても糊残留性の評価をしていることから、水分散アクリル系樹脂と水溶性樹脂との配合割合については、粘着性を有するとともに上記糊残留性を考慮して適宜選択され得るものであり、その相違は設計的事項の範疇に属するものにすぎない。

4  本件審決を取り消すべき事由

(1)  本件審決の理由のうち、本願発明の要旨及び引用例の記載内容が同審決認定のとおりであること、引用発明の基材が本願発明の「基材」に相当すること、引用発明の水分散アクリル系樹脂が本願発明の「エマルジョン型粘着剤」であること、引用例の記載において、接着層の組成の重量比から算出した引用発明のアクリル系樹脂に対するポリビニルアセテート部分鹸化物の比率が1.04~120重量%であること、本願発明と引用発明が、基材の一表面に粘着剤を塗布し乾燥させて粘着層を形成する点において差異がないことについては争わない。その余の審決の判断は争う。

(2)  エマルジョン型粘着剤の粘着層は水不溶性であるところ、引用発明においては、水溶性樹脂が、水分散アクリル系樹脂(エマルジョン型粘着剤)に水溶性を付与することを目的として添加されるものであるのに対し、本願発明においては、水溶性高分子が、エマルジョン型粘着剤の凝集力を高め、粘着層が対象物の表面に残存することを防止することを目的として添加されるものであるから、引用発明における水溶性樹脂の添加量は、一見、本願発明の水溶性高分子の添加量と一致するようではあっても、水溶性を付与する範囲の量に限定されることになり、実際には、本願発明の水溶性高分子の添加量と一致するものではない。

このように、本願発明と引用発明とが上記のとおり水溶性高分子(水溶性樹脂)の添加量の点において一致しないにもかかわらず、本件審決は、これを一致するものと誤認し、両者が同一のものであると誤って認定したものであるから、本件審決は、違法であり、取り消されるべきである。

この点について詳述すると、引用発明では、従来の表面保護材における技術課題として、感圧タイプのものについての剥離不能ということと合わせて、水貼りタイプのものについては板温とラインスピードに適応し得ないことが挙げられている。引用発明の目的は、上記課題を解決するため、水貼りタイプとして使用できるとともに、感圧タイプとしても使用可能な表面保護材を提供することにあり、そのため、具体的には、基材の片面に、水分散アクリル系樹脂と水溶性樹脂を主成分とする接着剤層を形成したものである。引用発明における水溶性樹脂の添加目的及び作用効果については、引用例に直接記載されていないが、水分散アクリル系樹脂はエマルジョン型粘着剤であるから、それを塗布、乾燥させた樹脂層は水不溶性であること及び引用例における「ポリビニルアルコール(水溶性樹脂)のブレンドにより粘着性が低下する点を考慮してブレンドすることが必要である。」(引用例3頁右上欄20行ないし左下欄2行)との記載からみて、上記の水溶性樹脂の添加目的は、水不溶性の水分散アクリル系樹脂に水溶性(すなわち、水貼り性)を付与することにあることが明らかである。したがって、引用発明においては、水溶性樹脂は、1.04~120重量%の範囲で、かつ、水不溶性の水分散アクリル系樹脂に水溶性を付与する量の範囲内で添加されるものと解される。

一方、本願発明における水溶性高分子の添加目的は、エマルジョン型粘着剤の凝集力を高め、粘着層が対象物表面に残存することを防止することにある。そして、エマルジョン型粘着剤は、水不溶性の粘着剤粒子を、界面活性剤によって水に分散させたものであるから、本願発明におけるエマルジョン型粘着剤の粘着層は、当然に水不溶性であり、水溶性高分子は、0.1~20重量%、望ましくは0.1~10重量%の範囲で、かつ、当該粘着層が水溶性にならない量の範囲で、上記エマルジョン型粘着剤に添加される。

以上のとおりであるから、引用例記載の「水分散アクリル系樹脂(20~60%)10~80%」、「ポリビニルアセテート部分鹸化物水溶液(5~30%)10~80%」については、上記記載の数値の範囲内にあって、かつ、粘着性及び水溶性(水貼り性)を有する範囲と読むべきであり、一方、本願発明における水溶性高分子の添加量については、「0.1ないし20重量%」であって、かつ、水溶性を付与しない範囲と読むべきである。

したがって、本願発明と引用発明とは、水溶性高分子の添加量が明らかに相違し、本願発明における水溶性高分子の添加量が引用発明の添加量に含まれるものではない。

(3)  更に、本件審決は、仮に両者において水溶性高分子の添加量が相違するとしても、引用発明における水分散アクリル系樹脂と水溶性樹脂との配合割合は、粘着性とともに糊残留性を考慮して適宜選択され得るものであるから、上記相違については設計的事項の範疇に属するにすぎないとし、剥離不能と糊残留性とを関連付けて判断しているが、引用例には、これらを関連付ける記載はなく、引用例に記載された実施例と比較例とを比べても、剥離不能と糊残留性を関連付けることはできない。したがって、本願発明と引用発明における水溶性高分子の添加量の相違が、設計的事項の範疇に属するものにすぎないとすることはできない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

同4は争う。本件審決の認定判断は正当であり、本件審決には原告主張の違法はない。

2  引用例には、本願発明と同じく、エマルジョン型粘着剤及び水溶性高分子からなる粘着剤層を有する表面被覆材が記載されている。しかも、上記表面被覆材における水溶性高分子の添加量の数値範囲は、本願発明におけるそれと重複している。

そして、本願発明の特許請求の範囲における水溶性高分子の添加量については、粘着剤層に水溶性を付与する数値範囲が除かれ、水溶性を付与しない数値範囲に限られると特定されていない以上、本願発明と引用発明とで粘着剤層の組成を区別することができない。

原告は、本願発明における水溶性高分子の添加目的及び作用効果から、本願発明においては、水溶性高分子を、水溶性を付与しない範囲において添加するものである旨主張する。

しかしながら、本願発明におけるエマルジョン型粘着剤及び水溶性高分子からなる粘着層において、粘着層の一つの成分であるエマルジョン型粘着剤が水に不溶であるからといって、他の成分である水溶性高分子が含まれている以上、必ずしも粘着層全体が水溶性でないということはできない。

また、組成物において、それを構成する組成成分の種類及びその添加量が同一であれば、その作用効果は当然に同一であるから、本願発明は、粘着剤層の水に対する溶解程度において引用発明と同一となるはずである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、本件審決理由の要点)については当事者間に争いがない。

また、本件審決の理由のうち、本願発明の要旨及び引用例の記載内容が同審決認定のとおりであること、引用発明の基材が本願発明の「基材」に相当すること、引用発明の水分散アクリル系樹脂が本願発明の「エマルジョン型粘着剤」であること、引用例の記載において、接着層の組成の重量比から算出した引用発明のアクリル系樹脂に対するポリビニルアセテート部分鹸化物の比率が1.04~120重量%であること、本願発明と引用発明が、基材の一表面に粘着剤を塗布し乾燥させて粘着層を形成する点において差異がないことについては、当事者間に争いがない。

第2  取消事由について判断する。

1  本願発明

成立に争いのない甲第3号証(平成5年3月31日付手続補正書)及び甲第4号証(本願公報)によると、本願発明の属する技術分野、課題、課題を解決するための手段、従来技術、発明の効果等は、概ね次のとおりである。

(1)  本願発明は、「マスキング材、包装材等に用いられる表面被覆材に関するもの」(甲第4号証1欄7行及び8行)である。

(2)  課題とその解決について、「この種のマスキング材、包装材等の表面被覆材は紙、プラスチックシート等の表面に粘着層を設けたものであり、マスキング対象、包装対象等の表面に該粘着層を介して貼着され、表面処理や輸送等の後剥離されるものである。そして剥離の際には粘着層が上記対象の表面に残存しないことが要求される。しかしながら表面処理中に高温に曝されたり長期にわたる保管や輸送の後に粘着層の上記対象表面への残存を防止することは極めて困難なものである。……従来、このような対象表面への粘着層の残存を防止するには、粘着層を微架橋構造にして凝集力を向上させたり、離形剤を添加して離型性を付与したりする方法が行われていた。……しかしながら粘着層を微架橋構造にする方法では架橋密度の調節が極めて微妙であり、適正架橋密度より若干高いと粘着性が極端に低下したり、逆に若干低いと凝集力が向上せず対象表面への粘着層の残存が防止出来ないし、離型剤を添加する方法では粘着性の低下をきたしたり、耐熱性、耐候性が低下したりする。」(甲第4号証1欄10行ないし2欄11行)という問題があった。

そこで、本願発明は、上記問題解決の手段として、「粘着層に水溶性高分子を添加」し、特許請求の範囲記載の構成を採用した(同2欄13ないし15行、甲第3号証2枚目2行ないし6行)。

(3)  本願発明の粘着剤に対する水溶性高分子の添加量については、「通常0.1ないし20重量%(以下単に%とする。)、望ましくは0.1ないし10%である。上記水溶性高分子の添加量が20%を越えると粘着性が低下する傾向にあるが、充分な粘着性を有する粘着剤においては水溶性高分子の添加重が20%を越えても粘着性が低下しない場合もあり、上記数値は、本発明を限定するものではない。また水溶性高分子の添加量が0.1%以下になると粘着層の対象物に対する残存を防止する効果が低下する。」(甲第4号証4欄15行ないし23行)としている。

(4)  本願発明の奏する効果については、「水溶性高分子は粘着剤に混合されて該粘着剤の凝集性を向上せしめるとともに離型性を付与する。そして水溶性高分子は高温時においても軟化しにくいものである。……したがって本発明の表面被覆材は対象物の表面に貼着され、この状態で高温に曝されたり、かつ長期間経過しても、該表面被覆材を剥離する時、粘着層が対象物表面に残有することがない。また高温度に粘着剤の軟化等による被覆材のはがれが防止できる。また、粘着時における対象物の表面温度の高低にかかわらず、接着性良好で、保存時のはがれがなく、また該表面被覆材を剥離する時はがれ易くかつ粘着剤が対象表面に残存しない。」(「甲第4号証4欄37行ないし5欄6行)としている。

以上認定の事実によれば、本願発明は、マスキング材、包装対等に用いられる表面被覆材に関するものであるが、従来技術においては粘着性及び離型性の維持に種々問題があったところ、本願発明では、問題解決の手段として、「粘着層に水溶性高分子を添加」し、特許請求の範囲記載の構成を採用することにより、前記のとおりの効果を奏し、粘着性が良好で、保存時のはがれがなく、該表面被覆材を対象物から剥離する際にも、はがれ易く、かつ粘着剤が対象表面に残存しないというものである。

2  引用発明

成立に争いがない甲第2号証(引用例)によると、引用発明の属する技術分野、課題、課題を解決するための手段、従来技術、発明の効果等は、概ね次のとおりである。

(1)  引用発明は、「合成樹脂板用表面保護材」に関するものである(甲第2号証2頁左上欄6行)。

(2)  課題とその解決について、「従来より合成樹脂板は加工時、運送時、保管時等において、その表面に疵がついたり、塵埃やシャーリング時の切粉が付着したりし易いため、合成樹脂板の表面を保護すべく種々の表面保護材が提案され、使用されている。例えばクラフト紙、合成樹脂フィルムを基材とし、これに合成樹脂系又はゴム系の感圧性接着剤を用いて合成樹脂板に貼着している保護材がある。しかしながら上記従来の感圧タイプの保護材はコストが高くつくほか、合成樹脂板に対する粘着力が強すぎたり経日変化を起し易い。また最近では合成樹脂板製造のための成形法として押出成形が多く採用されている背景からも押出樹脂板(メタクリル板、ポリカーボネート板、ポリ塩化ビニル板、)に対して上記従来の感圧タイプの保護材を用いた場合、板温が原因で浮き皺等を発生して保護材としての役割を果たしていないのが現状である。なぜならば、押出成形されたライン上の合成樹脂板の板温は20°~100℃まであり、例えば100℃にて感圧タイプの表面保護材を貼着した場合、紙又はフィルムを基材とするものでは浮き状態となりシャーリング時に合成樹脂板の切粉が、浮いた保護材と合成樹脂間に入り込み表面疵の発生原因となったり、逆に強く粘着しすぎた個所では剥離不能等が見られ、表面保護材を一部剥離して板面に商標等を印刷しようとする場合に困るものであった。紙又はフィルムを基材とした従来の感圧タイプの保護材は板温60℃までが限界であり、また自己粘着性タイプのフィルム製保護材も板温が高い合成樹脂板に対して剥離困難、屋外放置での経日変化が生じる。さらに表面保護材としては紙又はフィルムを基材とし、水貼りタイプの接着剤層を形成したものもあるが、従来品は押出成形された板温の高い合成樹脂板に対して成形ライン上で一貫して貼着するには板温とラインスピードに適応し得ず、使用し難いものであった。」(甲第2号証2頁左上欄7行ないし左下欄4行)という問題があった。

そこで、引用発明は、上記問題解決の手段として、「合成樹脂板用表面保護材であって水貼りタイプとして使用できると共に、感圧タイプとしても使用可能なものを提供しようとしており」、そのため、上記特許請求の範囲1の項記載の構成を採用した(同2頁左下欄5行ないし13行)。

(3)  引用発明の粘着剤に対する水溶性樹脂の添加量については、「水分散アクリル系樹脂(10~80重最%)と水溶性樹脂(10~80重量%)とを主成分とし」(甲第2号証2頁左下欄17行ないし19行)、「主成分としての上記水分散アクリル系樹脂と水溶性樹脂との配合割合については、粘着性を有する範囲内であることが必要で、詳細については後述するが、水分散アクリル系樹脂の各種モノマー重合比によって変わりうるもので、ポリビニルアルコールのブレンドにより粘着性が低下することを考慮してブレンドすることが必要である。なお、上記主成分となる水分散アクリル系樹脂と水溶性樹脂と、好ましくは柔軟付与剤および消泡剤とを加える配合については後述の実施例中に明記した。」(同3頁右上欄16行ないし左下欄6行)とし、実施例において、接着力及び糊残留性が向上したことを指摘している(同5頁下欄の表参照)。

(4)  引用発明の奏する効果については、「この発明における表面保護材としての特徴は(1)合成樹脂板(メタクリル板、ポリカーボネート板、塩化ビニル板等)の板温が30~100℃であっても貼り合せが可能である。(2)従来の表面保護材は板温にて浮き皺が発生し易いため、押出成形板の場合、貼着スピードを遅くするか、冷却(板温冷却)装置にて冷却しているが、この発明の場合には板温による影響なく、貼着作業のスピードアップをはかれることになる。(3)この発明の場合、前記のように浮き皺発生がないので表面保護材を貼着したままでシャーリングしても切粉が表面保護材と合成樹脂板間に入ったりするおそれがない。(4)この発明の場合、基材に貼着後、後日印刷等のため部分的に剥離しても再貼着が可能な性質を具有している。(5)紙による基材の他面に天然樹脂または合成樹脂による被覆層が形成されているため一層のこと板温に対する影響を少なくし、表面保護材の保護機能性の維持が高くなる。(6)また上述のような天然樹脂あるいは合成樹脂による被覆層の形成は、特にキュアーする必要もなく、常温にてなしえる等加工容易である。そして良好な剥離性を有し、耐油性、耐候性等基材の物性をも向上させる。」(甲第2号証4頁右上欄13行ないし左下欄18行)としている。

上記認定の事実によれば、引用発明は、合成樹脂板用表面保護材に関するものであるが、従来技術においては粘着性、剥離性等に種々問題があったところ、引用発明では、問題解決の手段として特許請求の範囲の1の項記載の構成を採用することにより前記のとおりの効果を奏するというのであり、感圧タイプの保護材、自己粘着性タイプのフイルム製保護材、水貼りタイプの接着剤層を形成した表面保護材を問わず利用されうるものであり、引用発明の粘着剤に対する水溶性樹脂の添加量については、粘着性を有する範囲内であればよく、実施例においても接着力及び糊残留性が向上したことが指摘され、多々挙げられている効果のうちに、良好な剥離性が掲げられている。

3  本願発明と引用発明との対比

本願発明と引用発明とを対比すると、発明の属する技術分野、課題を解決するための手段、発明の効果において異なるところはなく、本件発明と引用発明が、その他の構成においても一致するものであることは前記第1のとおり当事者間に争いがない。

引用発明において、特許請求の範囲1の項に「紙による基材の片面に水分散アクリル系樹脂と、水溶性樹脂とを主成分として組成した接着剤層を形成し、基材の他面にセラックレジン、変性セラック等の天然樹脂または、フッ素系シリコン系等の合成樹脂による被覆層を形成してなることを特徴とする合成樹脂板用表面保護材」と記載されていること、また、発明の詳細な説明中において、引用発明における「水溶性樹脂」について、ポリビニルアセテート部分鹸化物が例示され、それのアクリル系樹脂に対する比率が1.04ないし120重量%とされていることについては、前記第1のとおり当事者間に争いがなく、それによると、本願発明における水溶性高分子の添加量(0.1ないし20重量%)が、引用発明の水溶性高分子(水溶性樹脂)の添加量の範囲に含まれるものと解される。

そうすると、両者は、同一の発明にあたると認めるのが相当である。

4  原告の主張について

原告は、エマルジョン型粘着剤の粘着層は水不溶性であるところ、引用発明においては、水溶性樹脂が、水分散アクリル系樹脂(エマルジョン型粘着剤)に水溶性を付与することを目的として添加されるものであるのに対し、本願発明においては、水溶性高分子が、エマルジョン型粘着剤の凝集力を高め、粘着層が対象物の表面に残存することを防止することを目的として添加されるものであるから、引用発明における水溶性樹脂の添加量は、一見、本願発明の水溶性高分子の添加量と一致するようではあっても、水溶性を付与する範囲の量に限定されることになり、実際には、本願発明の水溶性高分子の添加量と一致するものではない旨主張する。

しかしながら、上記認定判断によれば、引用発明において、水溶性樹脂が水分散アクリル系樹脂に水溶性を付与することのみを目的として添加されるものであるとはいえず、本件発明と同様に、水溶性を有しない粘着剤(感圧タイプ)を得ることをも含むものであるから、引用発明において、水溶性樹脂が、水分散アクリル系樹脂(エマルジョン型粘着剤)に水溶性を付与することを目的として添加されるものであるのに対し、本願発明においては、水溶性高分子が、エマルジョン型粘着剤の凝集力を高め、粘着層が対象物の表面に残存することを防止することを目的として添加されるものであるとする原告の前記2の主張は、その前提を欠くものであって、採用することはできない。

第4  以上によれば、本件審決には原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

口頭弁論終結の日 平成10年5月14日

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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